もう、若い方は知らない方もいらっしゃるだろうが、高度成長期には、日本の製造業の躍進の陰で、多くの公害が発生した。
そのつけが、水俣病を始めとする、公害病だ。
しかし、その公害認定および補償に関わる裁判は数十年続いた。
その間に何があったか?
公害云々の判定に関わった専門家の判断は正確だったろうか?
或いは、政治の力で、そうした声が封じられたのか?
最近になり、被害者たちが、その命が尽きるような切迫した頃になり、原爆症の認定に関して、裁判所でも被害者側に立った判決が出るようになった。
この問題にしても、然り。
しかし、ここまで、くるのに、戦後から通算すれば、ゆうに半世紀以上を要している。
私には、こうした事態に至ったことは、関わった専門家と言える有識者の方々の責任、そして、世論の動向次第で動く政治の責任が大きいと思う。
これが、科学と政治の関わりだ。
これは、何も戦後の話、或いは日本だけの話ではない。
人類が歩んできた愚かな歴史。
そして、これからも、同じ過ちを繰り返すのではないだろうか。
杞憂に終わればよいが。
絆の回復が、政治、社会、等、人間の心を豊かにしてくれるキーワードだと思います。
決して、お金があろうが、地位があろうが、絆を欠いている人間、そして、そうした人が集まる社会は、哀しみに満ちています。
2009年06月22日
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