明日に架ける橋・・この空を飛べたら
「絆」の再生が平成21年のキーワードだと思っています、明日に架ける橋の一助にでも、なればよいのですが。
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絆の回復が、人間の心を豊かにしてくれるキーワードだと思います。
決して、お金があろうが、地位があろうが、絆を欠いている人間、そして、そうした人が集まる社会は、哀しみに満ちています。
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2009年10月29日
死んだ男の残したものは
今日、久しぶりに聞いてみて、初めて知りました。
この歌の作詞者が、あの谷川俊太郎さん。作曲が武満徹さん。
1964年の曲ですから、私が高校三年生。
この歌の最後の詞。
死んだ歴史の残したものは
輝く今日とまた来る明日
他には何も残っていない
他には何も残っていない
この歌が作られた1964年と今、2009年の間には、45年の歳月が流れました。
そして、今。
死んだ歴史の残したものは何だろうかと思ってみたら、
明日が見えない今日
そして、また来る明日
他には、ペテン師の群れ
他には何も残っていない
言いすぎでしょうか。
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死んだ男の残したものは
谷川俊太郎
武満徹
1964年
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posted by 野の草 at 16:43| 千葉
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